初心忘るべからず-初心不可忘-
みなさん、おはようございます!
フリーランサーのきよたです。
今日は「初心忘るべからず」ということわざについて考えてみます。
ちなみに『初心不可忘』は、上記のことわざを漢文で表したものになります。
カッコよくて書いただけなので、特に深い意味はございません。
では本題にいきましょう。
まずは、初心忘るべからずの意味やその言葉が生まれた背景について見ていきます。
この言葉を生み出したのは、室町時代に能芸者としてその道を極め、大成した「世阿弥」という人物です。
この世阿弥が遺した書「花鏡(かきょう)」の中の結びの文面の中に登場するのが、初心忘るべからずという言葉なんです。
早速、その文面を見ていきましょう。
"しかれば当流に万能一徳の一句あり。
初心忘るべからず。
この句、三ヶ条の口伝あり。
是非とも初心忘るべからず。
時々の初心忘るべからず。
老後の初心忘るべからず。
この三、よくよく口伝すべし"
古語なので少し分かりにくいかもしれませんので、少し解説します。
よく一般的に知られている意味として、「物事に慣れてくると慢心してしまいがちであるが、はじめたときの新鮮で謙虚な気持ち、志を忘れてはいけない」という解釈があると思います。
ただ、世阿弥が言うこと言葉においては、その解釈が少し違うんですね。
違うというより、もっともっと深い意味があり、一般的な解釈だけでは語りきれない…という言い方の方が正しいと思います。
ではその世阿弥のいう初心忘るべからずとは、どういった意味が込められているのでしょうか。
まず、彼の言葉の中には3つの「初心」が出てきます。
1つ目が、是非とも初心忘るべからず。
2つ目が、時々の初心忘るべからず。
3つ目が、老後の初心忘るべからず。
それぞれに込められた意味を見ていきましょう。
まず1つ目の、是非とも初心忘るべからず。
世阿弥のいう「初心」とは、何かの物事を始めた時の気持ち(恐らく期待感や高揚感など)ではありません。
むしろ、始めたばかり時の「自分の未熟さ」を初心だと言っています。
「あの時のみっともない自分に戻りたくない!」
過去の自分を思い出し、そう思うことで更に精進しようという気持ちも生まれますよね。
誰だって、今よりも成長したいという気持ちは常に持つはずですから。
そしてもう一つ、大切な意味が込められています。
自分が未熟だった時を思い出せば、成長した今の自分の状態も、把握しやすくなるのだとか。
仕事に慣れてきたりすると、「自分の立ち位置が分からなくなる」という事態に陥る事もあると思いますが、原点に立ち返るという意味でも、これはすごく有効かもしれないですね!
では、2つ目、3つ目以降の意味に関してはまた次回以降書き綴っていきますので、どうぞお楽しみに。
今日も最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。